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広島地方裁判所 昭和44年(行ウ)29号 判決 1982年4月28日

原告 武枝績

被告 広島県知事

代理人 麻田正勝 溝下正喜 井山武夫 ほか六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告所有の別表第一の「従前の土地」欄記載の各土地につき、昭和四四年七月七日付で換地計画による減歩補償額を金九〇万四六六六円と定めた清算金決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別表第一の「従前の土地」欄記載の各土地の所有者であつたところ、被告は広島平和記念都市建設事業西部復興土地区画整理事業(以下、本件事業という。)の施行者として、原告に対し、昭和四三年一一月二六日別表第一記載の換地処分を含む換地計画について縦覧の通知をなし、次いで昭和四四年七月七日付で別表第二記載の交付清算金決定処分(以下、本件処分という。)を含む換地処分を通知し、同年八月一九日広島県報に登載して換地処分をした旨の公告をした。

2  しかし、本件処分には次のような違法がある。即ち、本件処分における清算金は、昭和三〇年三月三一日時点における地価(従前の土地及び換地双方を通じて一坪あたり約五六〇〇円とされている。)を基礎として算出されたことになつているが、

(一) 右地価算出の根拠には合理性がなく、不当に低廉な価格が算出されている。

(二) 本件清算金が現実に交付されるのは右基準時である昭和三〇年三月三一日から一三年以上も経過した後であるから、これを算出するについては、原告が換地の所有権を取得した昭和四四年八月一九日を基準時とするのが相当であつて、同日ころ、従前の土地及び換地の価額は一坪あたり少なくとも一五万円であるから、本件清算金の額は四〇八七万五〇〇〇円となるはずのものである。

また仮に被告の設定した右基準時が相当であるとしても、現実の交付時まで年六分の割合による利息を支払うべきである。

換地処分が、憲法二九条三項にいう私有財産を公共のために用いる面を有するものであることからすると、本件清算金の算出方法は、同項にいう正当な補償の趣旨に照らしてあまりにも不合理である。

よつて、原告は被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

認める。

2  同2について

本件処分における清算金が昭和三〇年三月当時の地価を基礎として算出したものであることを認め、その余を全部争う。

三  被告の主張

1  被告は後記のとおり本件事業が概ね完成した昭和三〇年三月に土地区画整理事業という要因による宅地の利用増進がなされ、換地相互間の不均衡が発生したものとみて、従前の土地に対応する換地との比較均衡、土地区画整理による宅地利用価値の増進等を総合的に考慮したうえ、本件事業施行地区内に基準点を設け、評価員(土地区画整理法((以下、法という。))七一条及び六五条参照)及び土地事情精通者の各意見をきくとともに、売買実例等を参考として不均衡是正のための区画整理前後の路線価指数を定めた。

そして、区画整理前後の各宅地の評価については、右路線価指数を基準として、換地処分時の客観的な評価額の算定に必要な諸要素を考慮して、一個あたりの価格を定め、各宅地の状況、形質等による修正をするために、被告は、本件事業土地評価基準を制定し、右基準に基づいて各宅地の評価を行い、評価員及び審議会の各意見をきいて、換地計画を定めたものである。

2  原告に対する清算金の算出根拠は別表第三及び第四記載のとおりである。

(一) 先ず被告が清算金算定の基礎である路線価指数一点あたり四三・二〇円を算出した経緯の詳細は次のとおりである。

(1) 基準点評価

昭和三一年五月から七月にかけて開かれた評価員会において、先ず施行地区内の幹線街路の中から抽出した約一二〇点のか所につき、売買実例等に基づいた評価を依頼し、その算術平均値をもつて各か所ごとの評価額を算出したのであるが、当時の施行地区内における最高地は、十日市交差点東南角であつて、坪あたり六万六一〇〇円であつた。

(2) 路線価(係数)算出

次に、前項により算出した基準点の評価を参考にしながらこれと併行して建設省指示による「路線価算定要領」によつて幹線街路、補助街路等地区内全路線について路線価を構成する街路係数(街路系統、連続性、幅員、歩車道の区別、車道あるいは歩道の舗装の有無などが要素となつている。)、接近係数(駅や停留所等に近いか否かが要素となつている。)、宅地係数ごとに係数を算出しこれが路線価(係数)を算定した。

路線価(係数)=(街路係数)+(接近係数)+(宅地係数)

かかる方法によつて算定された十日市交差点東南角の路線価(係数)は一七・〇〇八であつた。即ち、7.475(街路係数)+5.760(接近係数)+3.773(宅地係数)=1.7008

(3) 路線価格

右十日市交差点東南角における評価額坪あたり六万六一〇〇円に対し、右路線価係数は一七・〇〇八であるから、この比は概ね四〇〇〇対一となる。そこで同地の路線価格を坪あたり六万八〇三二円と算定した。

即ち、

17.008×4000=68.032(円)

以上の方法によつて各路線について算出された路線価(係数)を四〇〇〇倍して各路線の路線価格を定めたのである。従つて十日市交差点東南角の坪あたり六万八〇三二円というのは(一)の基準点評価を修正したものであつて、そのころの路線価格ということになる。

(4) 路線価格修正

以上のような路線価式評価方法を行つたのは、施行地区面積が約一四五万坪もあるので、この中のすべての土地につき、評価員に評価を依頼することは到底不可能であるに反し、この路線価式評価方法が大量の評価事務を処理する面において能率的かつ合理的である利点を有しているからであるが、一面機械的となる欠点もある。そこで、この点に関して達観方式(精通者の評価を基礎として土地価格を定める方式)による修正をすること及び路線価算定要領によつて算出した広島県の評価が適正であるかどうかの意見を求める必要のあるところから、昭和三四年九月から同年一一月にかけて評価員会を開き、一部修正ののち答申を得た。

その結果、同三二年一二月末現在における施行地区内の最高地は、十日市交差点であつて、この路線価格は、坪あたり七万二〇〇〇円と評価された。

そこで、路線価格最高七万二〇〇〇円を指数一〇〇〇点に置き換え、各路線ごとに路線価指数を賦与して路線価指数図を作成した。

路線価格÷72=路線価指数

(5) 路線価指数一点あたりの換算単価(四三・二〇円)

当地区における戦災復興事業は、昭和三〇年三月に工事約八〇パーセントを概成し、また仮換地の使用開始も約八〇パーセント終了し、区画整理の効果も発生しているので、この時点において区画整理事業による宅地の利用の増進がなされ換地の不均衡が発生したものとみて、元地の換地との不均衡是正のための措置を講ずるのが適当である。そのために先ず、区画整理事業前後の路線価指数につき、一点あたりの単価を定めて適正な評価額を算定することが必要である。この指数一点あたりの単価については、昭和三二年一二月末現在における路線価格を、不動産研究所発表の全国市街地価格上昇指数表によつて同三〇年三月現在に時点修正した価格が適当と認められたので、これを同四二年四月評価員会に諮つて一点あたり四三円二〇銭と決定したのである。

算出方法は次のとおりである。

昭和30年3月 100

昭和32年12月 168.5

よつて、昭和32年12月を100とすると

昭和30年3月=100/168.5=0.593〓0.6

最高地 72.000円×0.6=43.200円

∴ 43.200円÷1000点=43.20円

以上のようにして算出された昭和三〇年三月現在における路線価指数一点あたり四三・二〇円を使用して、本件事業における施行前及び施行後の各土地の評価をし、清算金を算定したのである。

(二) 次に別表第四記載の各係数の算出根拠は次のとおりである。

(1) 舟入28ブロツク1ロツト

(イ)(a) 区分Aの奥行百分率六・二八二八は、本件事業土地評価基準一七条二項、同条の二所定の乙率を適用し、当該地の奥行が六・〇三間であるところから、同基準一七条の二の奥行価格百分率表の奥行間数六間の数値を適用し、算出したものである。

(b) 区分Bの奥行百分率九・三五四九四も同様に、同じく乙率を適用し、奥行は一〇間で、奥行価格百分率表の数値は九・五六八九であるが、実際には九・七間相当の数値が適用されている。

(c) 区分Cの奥行百分率〇・九四〇〇は、同基準二〇条の乙率、三角形地奥行価格百分率表を適用し、当該地の奥行が一・六間であるところから、一・六間の値を比例計算で算出した。即ち、一間の値は五九・三四で、二間の値は一一七・一〇となつているから、

59.34+(117.10-59.34)×0.6=93.996〓94.00

となる。

(d) 区分Dの奥行百分率〇・八八二二は、同じく乙率、三角形地奥行価格百分率表を適用し、当該土地は、奥行が一・四八間であるところから、一・五間として比例計算で算出すると

59.34+(117.10-59.34)×0.5=88.22

となる。

(ロ) 側方影響価格

(a) 区分Aの影響加算率九・九〇〇は、同基準一九条所定の側方路線影響加算率九〇パーセントの項を適用し、道路幅員八メートルであれば、同影響加算率は、九・九〇〇となつており、また側方長〇・六〇三は、同条の規定に基づき六・〇三間に一〇分の一を乗じたものである。

(b) 区分Bの影響加算率七・四二五も、同じく側方路線影響加算率九〇パーセントの項を適用し、道路幅員六メートルであれば、同影響加算率は、七・四二五の数値となつており、また側方長〇・九二は、九・二間に一〇分の一を乗じたものである。

(c) 区分Cの影響加算率九・九〇〇は、(ロ)(a)と同じ方法によつて算出されたものである。

また、側方長〇・六〇三も(ロ)(a)と同じ数値としている。但し、角地交角修正〇・〇四八は、同基準三二条の「角地の交角による修正」により、鋭角八六度三二分であるから修正率は〇・〇四八となる。

(d) 区分Dの影響加算率七・四二五は(ロ)(b)と同じ方法によつて算出されたものである。

また、側方長〇・九二は、(ロ)(b)の側方長と同じ数値である。但し、角地交角修正〇・〇三三は、前記「角地の交角による修正」により、鈍角九五度九分であるから修正率は〇・〇三三となる。

(ハ) 奥行修正による修正率一・〇六七四は、同基準一七条の二の規定に基づいて修正するものである。即ち、当初の土地評価基準では、奥行八間のものを一〇〇パーセントとしており、奥行一一間の場合の平均百分率は九三・六八であつた。そこで奥行一一間を一〇〇パーセントとした場合の奥行百分率は、

100÷93.68〓1.067463

となるので、この修正率を総価格に乗じて修正をしたのである。

(2) 舟入28ブロツク3ロツト

(イ) 奥行百分率一一・六二九三九七は、同基準一七条の二所定の「奥行価格百分率表」の乙率の項を適用したところ、当該地の奥行は一二・九一間であるので、同表に基づいて比例計算すると、一二間の値は一一〇一・六八で、一三間の値は一一七〇・六三であるから、

1101.68+(1170.63-1101.68)×0.91=1164.4245

となるが、実際には奥行一二・八八九間相当の数値となつている。

(ロ) 奥行修正による修正率一・〇六七四は前記(1)(ハ)記載のとおりである。

3  原告については、その従前地に対する換地が少ないが、これは原告がその妻訴外武枝アキヨとの間でそれぞれの従前地に対する仮換地を協定し、同訴外人の従前地に対する仮換地を著しく増加させたことによるもので、原告自身の意思に基づくものである。

即ち、原告に関する換地処分についての舟入地区二八ブロツク仮換地の変遷については、別紙のとおりである。

4  清算金制度は、本来、関係権利者相互間の利害の不均衡を是正することを目的とするものである。

本件事業は、戦災によつて灰燼に帰した広島市を復興し、健全な市街地の造成と宅地の利用の増進を図るため、昭和二一年に着手し、昭和三〇年三月ころには、概ね仮換地上への建物の移転や街路工事等も完成し、昭和四四年に至つて本件換地処分がなされたものであるところ、いかなる価額をもつて本件事業に伴う清算金算出のための評価額とするかは、多数の関係権利者の利害に影響するところが極めて大きいので、困難な問題であつた。しかし、昭和三四、五年ころからの土地価額の異常な上昇は本件事業の施行のみに起因するものではないから、昭和四四年当時の時価を右評価額とすることは明らかに不当であるし、本件事業の施行に起因しないものを除いて、昭和四四年当時の時価を算出することは事実上不可能であり、仮に可能としても清算金を徴収される者の中には、そのため換地の処分を余儀なくされる者が出現するおそれがあり、そうすると土地区画整理事業本来の趣旨に反することになる。

一方、昭和三〇年三月の時点では、本件事業が概ね完成し、殆んどの土地所有者が事実上権利関係が確定したものと考え、その前提で所有地の使用収益又は処分するに至つていたと考えられ、従つて右時点における時価相当額をもつて右評価額とすることは、前記清算金制度の目的に照らしても、極めて合理的であるといえる。換言すると本件事業の効果が表面化し、従つて換地相互間の不均衡が現実に発生したと考えられるのは、本件事業の概要が明らかとなつた右時点と考えられるので、その当時の時価をもつて右評価額とするのが相当である。

そして法は、右評価額をいつの時点で把えるべきかについては事業主体の合理的な裁量に委ねており、以上のところからすると本件清算金算定は右裁量の範囲に属するというべきである。

次に、本件清算金は損失補償の性質をもつものではなく、照応の原則(法八九条参照)は満たしたものの微細な不均一を是正するためのものに過ぎないから、その額は必ずしも換地処分時の時価に拠る必要はなく、また利息を付することも要しない。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、以下、本件処分に原告が主張する各違法事由が存するか否かについて検討することとする。

1  <証拠略>を総合すると、

(一)  被告が法六六条一項、六九条に基づいて定めた本件事業施行規程(昭和三一年広島県規則第九号。以下、施行規程という。)によると、本件事業における土地の評価(従前の土地及び換地の各筆の評定価格)は、評価員の意見を聴き、その位置、地積、区画、土質、水利、利用状況、固定資産税の課税標準、環境等を斟酌して定め(施行規程一九条)、法九四条の規定による清算は、換地又は換地について権利(処分の制限を含み、所有権及び地役権は含まない。以下同様。)の目的となるべき土地若しくはその部分を定める場合にあつては、従前の土地又は土地についての権利の評定価額に、換地及び換地についての権利の評定価額の総額を従前の土地及び土地についての権利の評定価額の総額で除して得た数値(比例比率)を乗じた額(元地額)と換地又は換地についての権利の評定価額との差額による(施行規程二一条。以下、比例清算方式という。)ものとされており、一方、被告が定めた本件事業土地評価基準(<証拠略>以下、評価基準という。)は本件事業施行地区内の整理前後の宅地(法二条六項参照)の評定価格の算定方法を定めたものである(評価基準一条)が、これによると従前の土地及び換地の評定価格は原則としていわゆる路線価式評価法(各街路ごとに標準的な間口及び奥行をもつ宅地を基準地として選定し、その単位地積に対する価格を表わしたものを、その各街路に属する他の画地については、その画地の特殊性に基づいて増減することで土地の評価を行うもの。)により、路線価は指数をもつて表示することとされている(評価基準四、五条、一三ないし一五条)。

(二)(1)  被告は昭和二一年初めから本件事業の前身となる「広島特別都市計画事業西部復興土地区画整理事業」にとりかかり、右事業実施のため、昭和二二年三月には換地準則を、また同年八月には土地区画整理施行規程(同年広島県告示二八七号)をそれぞれ定めたうえで、同年九月から昭和二四年三月までの間に本件事業施行地区の大部分について逐次、換地予定地(旧特別都市計画法上の呼称であつて、法九八条の仮換地に相当する。)を指定してこれを発表していつた。

その後若干の事業計画変更を経て、昭和三〇年三月ころには、仮換地の指定、建物・工作物の移転、街路・公園事業の実施、電柱・ガス管・軌道・上、下水道の移設等の工事の実施及び宅地権利者の仮換地に対する使用収益の開始の各度合も概ね八〇パーセント以上に達した。

(2) そこで、被告は昭和三一年ころから宅地の評価作業に着手し、同年五月から七月まで評価員(広島市都市計画課長、同建設局長、同固定資産評価委員、広島東税務署所得税課長、広島西税務署所得税課長、広島法務局登記課長並びに広島銀行及び日本勧業銀行の各貸付課長の八名)に依頼して、本件事業施行地区内から抽出した約一二〇か所の基準点の評価を行う(各評価員の評価を算術平均して算出した値に基づいて各基準点の評価価額とする。)一方、同年から昭和三三年にかけて被告の広島都市計画事務所において建設省指示に基づき路線価算定要領(乙第九号証)を作成し、これに基づいて路線価を算定することとした結果、昭和三二年一二月末の時点で本件事業施行区域内の最高地は広島市中区十日町交差点角で、その価額は一坪あたり七万二〇〇〇円ということになつた。

その後、昭和三九年までに評価員会の審議を経て、本件事業における換地前後の路線価指数図を作成するとともに、宅地一筆ごとの路線価を算定し、昭和四二年四月の評価員会を経て、被告の主張2記載のとおり前記十日市町交差点角の昭和三〇年三月現在の価格を四万三二〇〇円と決定し、これを一〇〇〇点に置き換え、一点あたりの路線価指数四三・二〇を算出した。

なお、比例清算方式における比例比率は一・〇四七二三九八一五と算出された。

(3) その後、本件事業の換地計画は昭和四三年三月九日土地区画整理審議会(法七〇条参照)に諮問されて審議の後、同年一一月一一日同審議会の答申を受けてから法八八条所定の手続を経て昭和四四年六月二日決定され、同年八月一九日右換地処分の公告(法一〇四条参照)がなされた。

(三)  原告に関する別表第一記載の従前の土地及び換地の評価の過程についてはいずれも被告主張のとおりである。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

2  そこで右認定した各事実をさらに総合して本件処分に原告が主張するような違法事由が存するか否かにつき考えてみることとする。

(なお、原告が減歩補償金と呼称するのは、正しくは清算交付金であることは、弁論の全趣旨から明らかである。)

(一)  そもそも土地区画整理事業における清算金制度の目的が何であるかについては議論の存するところであるが、同事業は宅地の利用増進を図るため行われるものであつて(法二条一項)、右宅地の利用増進は宅地権利者が平等に享受すべきもので、そのため宅地権利者は事業計画の決定等の公告後は建築行為等の制限を受忍すべきこととなつており(法七六条)、さらに減価補償金制度が別に定められていること(法一〇九条)から考えて、清算金は、個々の宅地の利用増進の度合の差、換言すれば、換地相互間の利用増進の度合の不均衡を是正する目的を持つと解するのが相当である。

(二)  違法事由(一)について

法は、清算金の算定について、従前の宅地及び換地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等を総合的に考慮しなければならない(法九四条)と抽象的に規定するにとどまり、具体的にいかなる方式でこれを算出するかについては施行者の合理的裁量に委ねているものと解される。

ところで、被告が採用した路線価式評価法は、本件事業のように広汎な面積について迅速かつ公平な土地の評価を行うのに適した方式であり、右路線価の算定につき合理性が保障される限り、それは科学的合理的な土地評価方法の一つであると考えられる。

そして、前認定のとおり、本件事業における路線価の算定は、従前の土地及び換地の双方を通じて、土地評価に精通した公平な第三者的立場にある公務員又はこれに準ずる者八名のなしたそれぞれの評価を算術平均した価額に基づいて決定されたものにいわゆる評定算式方法(土地評価を左右する要素の変化に伴う土地の利用価値の変化の法則を一定の算定として、各要素の条件をこれに機械的に投入することによつて土地の利用価値を求める方法。路線価は街路係数、接近係数及び宅地係数の和で表わされる。優れて理論的とされている。)を組み合せ、さらに若干の合理的な修正を施したものであり、従つて、そこで算出された路線価は合理的なものということができる。

次に、右の路線価に基づいて算出された比例比率を用いた比例清算方式によつて算出された元地額は各宅地権利者が従前の土地に対して有していた権利の客観的な価額を示す基準として相当なものと言うことができる。

そして、換地各筆の評価にあたつて被告が採用した路線価の修正方式(評価基準)も標準的な計算方式に拠つたものと認められる。

本件処分も以上のような清算金の算定を経て行われたものであつて、本件処分について清算金の算定が特に恣意的になされた等の特段の事情は認め難く、結局この点に関する原告の主張は理由がない。

(三)  違法事由(二)について

(1) 法は、換地処分を行うためには換地計画を定め、その中で清算金額をも定めておくべきこと(法八六条、八七条三号)、そして右換地計画は公衆の縦覧に供され、利害関係者のこれに関する意見書の審査等の手続が経られるべきこと(法八八条)を規定するほか、仮換地(法九八条)及び仮清算(法一〇二条)の制度を設けており、これによると、法は換地計画の策定から換地処分の終了まで相当の日時を要することを予定し、また清算金算定の基準時を換地処分時に一致させることを要求しているものではないと考えられるのであつて、このことは土地区画整理事業が広汎かつ大量の土地の評価を要するものであること及び前記清算金制度の目的に鑑みると相当というべきである。

そうすると施行者は、右清算金制度の目的に照らし、各宅地権利者に不利益を被らせないと考えられる合理的な時点を右基準時として選定することができ、むしろそのようにすべきであるといわねばならない。

そして、土地区画整理事業における清算金は、前記の理由から、換地相互間に不均衡がある場合、従前の土地と換地双方の各評価額を比較して、右不均衡を是正する目的をもつて徴収又は交付される金銭であるということができる。従つて、清算金算定の基礎となる右各評価額は、多数の権利者に対する取扱いを最も公平かつ合理的に行うためには、土地区画整理事業の施行に伴つて生じた宅地の利用価値の増進の度合の不均衡が明確となつた時期を基準として算定される必要がある。即ち、土地区画整理事業の概成時においてはほぼ各仮換地について利用増進の度合が顕現化し、その後は時の経過とともに土地区画整理事業以外の要因によつて各宅地の利用状況も変わり、評価の要素も変わつてくると考えられるので、評価から土地区画整理事業以外の要因を排除する意味において、右概成時をもつて清算金算定の基準時とすることがむしろ合理的であるといえる。

(2) そこで以上の見地に基づいて本件処分の清算金算定の基準時について検討するに、前認定のとおり、本件事業においては、昭和三〇年三月の時点で、諸工事及び仮換地の権利者による使用収益の開始のいずれも八〇パーセント以上に達していたのであるから被告がこの時点をもつて右基準時としたことは合理的であつて、何ら違法の点は存しない。

(3) 次に、前記のとおり、土地区画整理事業における清算金は、換地相互間の不均衡を是正する目的を有するもので、従前の土地と換地との不均衡を是正することを直接の目的とするものではないから、これに利息を附するなどして清算金算定基準時と換地処分時との間の時点修正をすることの要否についての判断は、専ら施行者の裁量に委ねられていると解される。従つて被告が本件処分につき利息を附さなかつたからといつてこれが右裁量の範囲内であることは明らかであるから、直ちにその違法を招来するものとは言い難い。

(4) そうするとこの点に関する原告の主張も理由がないこと明らかである。

三  結論

以上の説示によると、その余の点につき判断するまでもなく被告のなした本件処分は適法であり、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 植杉豊 山崎宏征 橋本良成)

別表 <略>

別紙 <略>

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